大判例

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福岡高等裁判所 昭和32年(う)246号 判決

所論は原判決が被告人の本件行為を正当防衛にあたる場合として無罪の判決を言渡したのに対し、被告人の本件行為は被害者「銀座」こと村山初一一派と被告人等共愛会一派間の所謂やくざ仲間の喧嘩斗争行為中に惹起された犯行であるから、正当防衛の観念を容れる余地のない事案であるのに拘らず、右やくざ仲間の出入事件とみず被告人の単純なる殺人事件と認定したため、被告人の所為を正当防衛と誤認したものである(同控訴趣意第一点)と謂い更に仮に本件が喧嘩斗争行為と認められないものとしても、正当防衛の成立を是認すべき場合に当らない(同第二点)と論難するのである。

しかし、喧嘩斗争行為に関しても、それを全体的に観察し斗争の全般からみて該行為が法律秩序に反するものであるか否かによつて正当防衛の成立を是認すべき場合があるものといわねばならず更に進んで過剰防衛の有無をも判断せねばならない。よつて本件記録中の原審取り調べの証拠、並びに当審証拠調べの結果(差し戻し前の分を含む)を綜合すれば、原判示のような経緯から被告人の本件犯行はなされるに至つたのであつて、原判決が被害者「銀座」こと村山初一一派の者と被告人等共愛会一派の者との間の喧嘩斗争行為中に惹起された犯行ではあるが、右村山一派の者がそれぞれ原判示のような兇器(刺身庖丁並びに肉切庖丁)を所持して共愛会会長新開唯雄初め同会員上坂光生及び中村正盛等に対し暴行傷害行為等に及び、一方的攻撃に村山等が終始していた点を考慮し、被告人が右村山初一を死に至らしめた行為も亦、右被害者等の急迫不正の侵害行為に対する防衛行為の延長であるとの観点に立ち、防衛行為の成立を是認した点はまことに正当であるけれども、被告人が右被害者から前記兇器の刺身庖丁を奪取した後の最終段階における積極的加害行為が、果して必要かつ相当限度内の行為で正当防衛として全面的に違法性を阻却する場合に該当するか否かについては疑問なきを得ない。当裁判所は、この点に関し、前掲各証拠就中原審取り調べの前掲兇器の性能及び医師世良完介作成の鑑定書中の被害者受傷の部位程度の記載等を参酌すれば、本件はまさに過剰防衛の成立を是認すべき場合にあたるものと判断する。けだし、被告人と被害者は同一年齢であり、被告人並びに被害者の体位を比較検討しても、特に被害者が優つていた点は窺ひ知ることができないのみならず、被告人並びに被害者が顛倒した地点が原判示のような他に救いを求むべき術のない人通り及び人家のない地点であり、暁に近い暗夜の街路上であつたとしても、被害者は当夜相当量飲酒した酔余後記認定のような暴行に及び被告人からその臀部を鋏で刺され受傷し約二〇〇米近くを追走した後のことであるから、被告人において右兇器を奪取した以上、被害者に比し遥かに優位に立つたものといわなければならないのに拘らず、被告人が後記認定のような多数回に及ぶ反撃行為に及んでいることは、全く狼狽の極その防衛の程度を逸脱したものと解するのを相当とするからである。

従つて検察官の論旨中正当防衛の観念を容るべきでないとする部分は理由がないけれども、原判決が過剰防衛の場合にもあたらないとし、全面的に違法性を阻却するものと判断し無罪とした点に関しては、事実誤認の違法をおかしているものといわねばならず、結局論旨は一部理由があり、原判決は刑事訴訟法第三九七条第三八二条により破棄を免れない。

よつて当裁判所は、同法第四〇〇条但書に則り直ちに判決することとする。

(罪となるべき事実)

被告人は、熊本市高田原の特殊飲食店主等を以て組織せられた共愛会の事務員をしていたものであるが、遊び人である通称「銀座」こと村山初一(当時二五年)においてその原因は不明であるが共愛会乃至同会会長の新開唯雄に対し敵意を抱いており、昭和二七年六月一五日早暁それまで右新開方で会談していた同会員上坂光生がその帰途同市鷹匠町露天飲食店「長八」に立寄つた際、右村山及びその輩下から共愛会員の故を以て毆打傷害されたことを告げられ、前記会長新開が右村山と会談した上同人の真意を確かめようとしてその所在を探しているのに被告人も随行していたが行違いになり、空しく右共愛会事務所に引返しているところに偶々前記村山の輩下の一人である小沢義雄から村山が右共愛会員である中村正盛方に新開を呼んでいる旨告げられたので、被告人も亦右新開に従つて近くの中村方に赴いた。ところが右村山は、右中村方六畳の部屋で土足の儘突つ立ち、刺身庖丁(証第二一号)を右手にかまえ、仏壇の前に中村正盛や同居人岩永次男、渡辺吉雄の三名を入口側に向つて座らせ、種々因縁をつけて「殺す、斬る」などと怒鳴り、前記中村は頭から血がにじみ出ている状態であつたので、新開は被告人と共に右中村方土間に入つた後「銀座何をしているか」と言つてなだめ様としたところ、平素は新開の言に耳を傾けていた村山が予期に反し却つて反抗的態度に出て、前記輩下の小沢をして表戸を閉めさせた上、「新開を一発でやつて仕舞え」と命じた。そして刃物を以て躍りかかつて来た小沢をはね上げたりして新開はこれを避け、更に前記刺身庖丁を以て障子越しに突かかつて来た村山の攻撃行為も横に避け、その際同家土間に転んだのであるが、被告人が前記小沢を制したため事無きを得た。その間前記中村等は西側窓より戸外に逃れ去り、前記小沢も亦表入口かも外に出て、屋内には前記村山と新開及び被告人の三人が残り、新開及び被告人は上に上り座つて話をつけようとしたのに拘らず、猶も村山は突如刺身庖丁を以て新開に突き掛つて来たので、被告人がこれを制止しようとしたのに対し、同人は被告人を足蹴りにして仰向けに倒し、危険を感じて表戸外に飛び出した新開の後を追跡し、同人等は中村方筋向いの特殊飲食店「一丸」の北西角附近の道路上で取組んでいたので、同人等に次で戸外に飛び出した被告人が、右新開の危険を感じ、前記中村方において村山から足蹴りにされた際偶々手にした裁縫用鋏(証第二二号)を以て村山の臀部を刺すと共に押したため三人共同所に転び被告人はそのすきに逃げようとしたところ、前記村山はこれに益々激昂し被告人を追跡するようになり、同日午前三時頃同市西岸寺町西岸寺前まで約二〇〇米の間を逃げのびたが、同所路上の水溜りに躓き両者とも顛倒し、その際被告人は村山から同人所携の刺身庖丁を奪い取つたので、同人が再び襲いかかつてくるや奪還されるのを恐れるの余り右庖丁を以て同人の胸部等を一〇回位突刺し、同人の肺臓心のう、心臓を穿通する刺傷を始め多数の刺切創を被らしめ、左前胸部心臓刺創に基づく失血のため即時同所において死亡するに至らしめたもので、被告人の右行為は防衛程度を超えたものである。

(裁判長裁判官 高原太郎 裁判官 中園原一 裁判官 厚地政信)

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